ビットコインは、しばしば「価格がいくらになるか」という文脈で語られます。円建てで上がったか下がったか、過去と比べて高いか安いか。そのような見方は分かりやすく、多くの人にとって自然な評価方法でもあります。
しかし、本当にそれだけが、ビットコインを評価する唯一の軸なのでしょうか。もし目的が、短期的な値動きを追うことではなく、価値の本質や長期的な位置づけを理解することであるならば、別の問いの立て方が必要になります。
本記事では、次のシンプルな思考実験から出発します。
「1年後に必ずどちらか一方がもらえるとしたら、100万円分のビットコインか、0.1BTCか。」
この問いは、将来の価格を予想するためのものではありません。むしろ、私たちが無意識のうちにどの単位を基準に価値を判断しているのか、その前提を浮き彫りにする問いです。
なぜ多くの人は、金額ではなく数量を選ぶのでしょうか。そこには、法定通貨とビットコインの性質の違い、そして「価値を測る基準」そのものに関わる重要な示唆が含まれています。
本記事では、名目価値と実質価値、計算単位、供給ルール、時間軸といった観点から、この問いを掘り下げながら、ビットコインを価格ではなく構造から捉える視点を整理していきます。それは、資産運用の話にとどまらず、通貨や経済の仕組みを理解するうえでも、有益な視座となるはずです。
この記事で得られる3つの視点
- なぜ「円建て思考」が無意識に判断を歪めるのか
- 人が「0.1BTC」を選んでしまう直感の正体
- 価格ではなく構造で価値を測るという考え方
ビットコインを円建てで理解してきた方ほど、本記事を通じて、これまで当然だと思っていた前提に違和感を覚える可能性があります。
この記事をオススメする方
- ビットコインを主に「円建て価格」で評価してきた方
- 価格の上下に振り回されていると感じることがある方
- 資産をどの単位で測るべきか、違和感を覚え始めている方
- ビットコインを投資対象ではなく、構造から理解したい方
- 通貨や価値の仕組みを、もう一段深く考えてみたい方
上記のいずれかに当てはまる方であれば、本記事は、ビットコインを見る視点そのものを見直すきっかけになるかもしれません。
それでは、本文へとお進みください。
目次
第一章:選択問題が炙り出す人間の価値基準
改めて伺います。
「1年後に必ずどちらか一方がもらえるとしたら、100万円分のビットコインか、0.1BTCか。」
この問いは、一見すると単なる二択の質問に見えるかもしれません。しかし実際には、人がどのような価値基準を内面に持っているのかを、極めて正確に浮き彫りにする思考実験です。
重要なのは、この問いが「価格予想」や「投資の損得」を問うていない点にあります。問われているのは、どちらが将来いくらになるかではなく、「どの単位で価値を捉えているか」という点です。
私たちは日常生活の中で、資産や収入、支出をほぼ例外なく法定通貨建てで認識しています。給料、貯金、家賃、税金といったすべてが円で表現されており、円を基準に考えることは習慣であり、意識的な判断ですらありません。
ところが、この問いに直面したとき、多くの人は「100万円分のBTC」ではなく「0.1BTC」を選びます。この選択は、円という計算単位を一度外した瞬間に、人が無意識の価値判断を行っていることを示しています。
行動経済学では、提示の仕方によって判断が変わる現象を「フレーミング効果」と呼びますが、この問いが示しているのは単なる心理的誘導ではありません。より根源的な、人間の価値認識の二重構造です。
すなわち、人は日常では法定通貨を基準に思考しながらも、将来を想像する場面では「より残りやすいもの」「外部要因に左右されにくいもの」を基準に判断している、という事実です。
注目すべき点は、0.1BTCを選ぶ理由が、必ずしも「ビットコインが好きだから」「値上がりしそうだから」といった明確な期待に基づくものではないことです。多くの場合、そこまで論理的に考えられてはいません。それでも選択は一致します。
このとき人は、言語化できなくとも次のような直感的判断を行っています。「法定通貨は条件が変わり得るが、ビットコインは数量そのものが変わらないのではないか」。これは知識ではなく、構造に対する感覚的理解です。
この思考実験が示しているのは、ビットコインが選ばれたという事実以上に、「法定通貨という変数を含まない選択肢」が選ばれたという点です。評価の軸が価格から性質へと移行する瞬間が、ここにあります。
この違和感に気づいた時点で、ビットコインを単なる投資対象として捉える視点は、すでに揺らぎ始めています。次章では、この揺らぎの正体を、名目価値と実質価値の違いという観点から、さらに掘り下げていきます。
第二章:名目価値と実質価値の分離(法定通貨建て思考の限界)
私たちは日常生活の中で、資産や収入、支出をほぼ例外なく法定通貨建てで把握しています。年収、貯金額、物価、税金といった指標はすべて円で表されており、このこと自体に違和感を覚える人はほとんどいません。
しかし、経済学ではこのような「表示された金額」を名目価値と呼び、それとは別に、もう一つ重要な概念として実質価値を区別します。実質価値とは、その金額で実際にどれだけの財やサービスを購入できるか、すなわち購買力を指します。
名目価値は分かりやすく、比較もしやすいため、日常的な判断には非常に便利です。一方で、時間の経過や通貨の供給量変化を考慮しない限り、実質的な豊かさを正確に反映しないという限界も併せ持っています。
例えば、給料が10%増えたとしても、同じ期間に物価が15%上昇していれば、名目上は収入が増えていても、実質的な購買力は低下しています。このような状況は決して特殊なものではありませんが、多くの場合、人は名目の増減だけを見て安心してしまい、実質的な変化を見落とします。
ここで、ビットコインを法定通貨建てで評価する場合を考えてみます。「100万円分のBTC」という表現は一見分かりやすいものの、実際には二つの名目価値を同時に含んでいます。すなわち、円という名目価値と、ビットコインの価格という名目価値です。これは、二重の変動要因を一つの数字にまとめている状態とも言えます。
一方で、「0.1BTC」という表現は、価格を含まず、数量のみを示しています。この違いは単なる言い換えではなく、価値評価の前提そのものを変えます。円建て価格を見ているとき、私たちはビットコインの価値を見ているつもりで、実際には円の購買力変化を同時に観測していることになります。
円の価値が低下すれば、ビットコインの円建て価格は上昇します。その上昇が、ビットコイン自体の価値向上によるものなのか、あるいは法定通貨の価値低下によるものなのかを区別することは、名目価値だけを見ている限り容易ではありません。
ここに、法定通貨建て思考の根本的な限界があります。名目価値は安心感を与える一方で、価値の変化の原因を見えにくくし、判断を歪める可能性を内包しています。
先の選択問題において、多くの人が「0.1BTC」を選んだのは、意識的に経済理論を適用した結果ではありません。しかし、円という名目価値をいったん外すことで、より実質的に価値が保たれそうなものを直感的に選択していると考えることができます。
この瞬間、人は無意識のうちに、名目価値ではなく実質価値で判断しています。ビットコインを数量で捉えることは、価格変動を否定する行為ではなく、価値を測る基準を見直す行為に他なりません。
次章では、なぜこの「基準の選択」、すなわち計算単位の違いが、人の意思決定そのものを大きく歪めてしまうのかについて、さらに踏み込んで考察していきます。
第三章:単位の選択が意思決定を歪める理由(計算単位の錯覚)
私たちは日常生活において、「何で測っているか」をほとんど意識せずに意思決定を行っています。長さはメートル、重さはグラム、時間は秒、そしてお金は円。このような計算単位はあまりにも当たり前であるため、その単位自体が判断に影響を与えているという事実に気づきにくいのです。
しかし、経済学や会計の分野では、計算単位(unit of account)が意思決定に与える影響は非常に大きいと考えられています。同じ経済的実態であっても、どの単位で表現されるかによって、評価や行動が大きく変わるからです。
例えば、「物価が2%上昇した」という表現と、「購買力が2%低下した」という表現は、意味する内容はほぼ同じです。しかし、多くの人にとって前者は中立的に聞こえるのに対し、後者は明確な損失として認識されます。これは、単位や表現の違いが感情や判断の方向性を左右している典型例です。
ビットコインを法定通貨建てで評価する場合にも、同様の錯覚が生じます。「1BTCが1,000万円になった」という表現は、ビットコインの価値が大きく上昇したかのような印象を与えます。しかし、その期間に法定通貨の購買力が低下していた場合、この変化の一部、あるいは大部分は、ビットコインの価値上昇ではなく、円の価値低下によって説明できる可能性があります。
それにもかかわらず、多くの人は円建て価格の数字だけを見て判断を下します。このとき人が見ているのは、ビットコインそのものではなく、「円という単位の中で動く数字」です。単位が円である以上、その評価は円の性質に強く引きずられます。
先の選択問題で示した「100万円分のBTC」と「0.1BTC」という二択は、価値の優劣を直接問うものではありません。実際には、「円という計算単位で考えるか」「BTCという計算単位で考えるか」という、基準の選択を迫る問いです。多くの人が0.1BTCを選ぶのは、ビットコインを信仰しているからではなく、円という単位が持つ不安定さを直感的に感じ取っているからだと考えられます。
円建てで評価している限り、「上がった」「下がった」「高い」「安い」といった判断は、あたかもビットコイン自体の評価であるかのように錯覚されます。しかし実際には、それらの多くは法定通貨という計算単位の変動を反映した結果に過ぎません。この錯覚が、短期的な価格変動に過剰に反応する行動を生みやすくします。
会計の観点から見ると、不安定な計算単位を用いることは、本来好ましい状態ではありません。基準が揺らげば、比較も評価も一貫性を失うためです。それにもかかわらず、資産評価の場面では、私たちは最も変動しやすい法定通貨を基準としてしまっています。
BTC建てで考えるということは、価格を無視することを意味しません。むしろ、価値を測る前提そのものを問い直す姿勢を指します。円建てでは「今いくらか」が主な関心事になりますが、BTC建てでは「どれだけの数量を保有しているか」「そのルールは将来も維持されるのか」といった問いが中心になります。
このように、計算単位の選択は、単なる表記の違いではなく、意思決定の枠組みそのものを規定します。次章では、この基準の違いが、希少性や供給ルールとどのように結びつき、長期的な価値評価に影響を与えるのかを考察していきます。
第四章:希少性と供給ルールが価値評価に与える影響
価値について語る際、多くの場合「需要があるかどうか」が注目されます。確かに需要は価格形成に大きな影響を与えますが、長期的な価値の持続性を考えるうえでは、それ以上に重要な要素があります。それが供給ルールです。
需要は時代や環境、感情によって大きく変化します。一方で、供給ルールは一度定められると、その資産の性格そのものを規定します。経済学的に見れば、価値の安定性や予測可能性は、需要よりも供給側の条件によって左右される部分が大きいと言えます。
法定通貨の供給ルールは、経済状況や政策判断に応じて柔軟に変更されます。不況時には通貨供給が拡大され、危機が発生すればさらなる供給が行われることもあります。この柔軟性は短期的な安定をもたらす一方で、「将来どれだけ供給されるのかが事前に確定していない」という不確実性を内包しています。
これに対して、ビットコインの供給ルールは、あらかじめプログラムによって定義されています。発行ペースやその変化、最終的な発行上限については、人為的な判断によって随時変更されることを前提としていません。ここで重要なのは、具体的な数値よりも、「供給がどのような原理で管理されているか」という点です。
一般に「希少性」という言葉は、単に数量が少ないことを指すように使われがちです。しかし、価値評価の観点からより重要なのは、「将来にわたって供給がどの程度制約されているか」、すなわち希少性がどのようなルールによって維持されるかという点です。
この視点から見ると、「100万円分のBTC」と「0.1BTC」の違いはより明確になります。前者は、法定通貨という供給量が変動し得る単位を基準にしています。法定通貨は今後も供給が増える前提で運用されており、その結果として、同じ金額で表されていても、時間とともに相対的な価値が変化します。
一方で、「0.1BTC」という表現は、供給ルールがあらかじめ定められた数量そのものを示しています。この数量は、経済状況や政策判断によって増減することは想定されていません。ここには、将来にわたって条件が大きく変わらないという前提があります。
先の選択問題において、多くの人が0.1BTCを選ぶのは、必ずしも希少性という概念を明確に理解しているからではありません。しかし、供給が不確定な単位と、供給ルールが固定された単位を比較したとき、後者のほうが「条件が変わりにくい」と直感的に感じられることは、人間の自然な判断と言えます。
ここで注目すべきなのは、希少性が「今の価格」を決める要因ではなく、「時間が経過したときの相対的な位置」を決める要因であるという点です。短期的な価格は感情や需給の変化によって大きく動きますが、長期的な価値の方向性は、供給ルールという構造的要因によって形づくられます。
この構造を理解すると、円建て価格の上下に一喜一憂することの意味は相対的に小さくなります。評価の焦点は、「今いくらか」ではなく、「どのような供給ルールの上に成り立っているか」へと移行します。
次章では、この供給ルールの違いが、資産に「時間」という要素をどのように組み込むのか、そしてそれが価値評価にどのような影響を与えるのかについて、さらに掘り下げて考察していきます。
第五章:時間軸を内包する資産と、時間軸を失う通貨
資産を評価する際、私たちは往々にして「現在の価格」や「直近の変動」に注目しがちです。しかし、経済学的に見れば、価値とは本来、時間を通じてどのように振る舞うかによって評価されるべきものです。価値は一時点で完結するものではなく、時間の中で測られる概念だからです。
まず、法定通貨の設計を考えてみます。法定通貨は、経済活動を円滑に回すことを主目的として設計されています。景気が悪化すれば供給量を増やし、金融危機が起これば流動性を供給する。この柔軟性は、短期的な安定を確保するうえで重要な役割を果たしてきました。
しかし、その代償として、法定通貨は長期的な時間軸を内包しにくい構造を持っています。供給量が状況に応じて変化する以上、将来にわたって購買力がどの程度維持されるかを事前に確定することはできません。法定通貨は「使うこと」を前提とした通貨であり、「長期に保存すること」を主目的として設計されているわけではないのです。
一方で、ビットコインは設計段階から、長期的な時間軸を強く意識した構造を持っています。発行ペースはあらかじめ定められており、時間の経過とともに新規供給は減少していきます。この仕組みは、価値を一時点ではなく、時間の流れの中に位置づける設計だと捉えることができます。
ここで重要なのは、ビットコインが「値上がりするかどうか」という点ではありません。注目すべきなのは、時間が経過するほど、供給側の条件が厳しくなっていくという構造そのものです。すなわち、ビットコインは時間を通過することで性質が変化し、その変化があらかじめ規定されている資産だと言えます。
この視点から、再び「100万円分のBTC」と「0.1BTC」という選択を見てみます。100万円という金額は、時間の経過とともに意味が変わります。同じ100万円であっても、過去と現在、そして将来では購入できる財やサービスの量は異なります。金額は固定されていても、その中身は時間とともに変質します。
一方、0.1BTCという数量は、時間が経過しても0.1BTCのままです。その数量自体は変化せず、時間によって希薄化することもありません。価値評価は変わり得ますが、単位としての同一性は維持されます。
多くの人が直感的に0.1BTCを選ぶ背景には、「時間が経過したとき、どちらが形を保っていそうか」という感覚的な判断があると考えられます。これは価格予想ではなく、時間に対する耐性の比較です。
長期的な資産形成において失敗が生じやすい理由の一つは、時間を十分に考慮せず、短期的な価格変動だけを見てしまう点にあります。しかし、資産形成とは本来、時間とどのように向き合うかという問題でもあります。
法定通貨は、短期的な経済活動を支えるための優れた道具です。一方で、ビットコインは、時間を長く取ることでその特性が発揮される構造を持っています。この違いを理解すると、円建て価格だけに注目することの限界が、より明確に見えてきます。
次章では、こうした時間軸の違いを踏まえたうえで、なぜ多くの人が「期待」や「予想」に基づいて資産を選びがちなのか、そしてそれがどのような問題を引き起こしやすいのかについて考察していきます。
第六章:期待ではなく構造で選ばれる資産の条件
資産を選ぶ際、多くの人は「将来どうなるか」を考えます。価格は上がるのか、下がるのか、いつが買い時なのか。このような問いは一見合理的に見えますが、実際には期待(予想)に大きく依存しています。
期待とは、未来に対する主観的な見通しです。情報や経験、感情によって形成されますが、その前提となる環境が変われば、簡単に裏切られます。経済史を振り返っても、短期的な期待に基づく判断は、一定の成果を上げることがあっても、長期的には不安定になりやすいことが繰り返し確認されています。
一方で、長期にわたって価値を維持、あるいは相対的に高めてきた資産には共通点があります。それは、私たちの期待や予測に強く依存しない構造的な条件を備えているという点です。
ここでいう構造とは、価格変動の表面ではなく、その背後にあるルールや制約、設計思想を指します。供給の仕組み、変更の可否、外部からの介入余地など、環境が変わっても容易には変化しない要素が、構造を形成します。
期待に基づく資産選択では、「当たるかどうか」が中心的な関心事になります。しかし、構造に基づく資産選択では、問いそのものが変わります。「この仕組みは時間が経っても自己矛盾を起こさないか」「前提条件が変わったときに、どの程度まで一貫性を保てるか」といった視点が重要になります。
再び「100万円分のBTC」と「0.1BTC」という選択を考えてみます。0.1BTCを選ぶ人の多くは、具体的な価格上昇シナリオを描いているわけではありません。むしろ、「この数量は人為的な判断によって左右されにくい」という構造的な安定性を、直感的に評価していると考えられます。
期待に基づく判断では、価格が上がりそうなら買い、下がりそうなら売るという行動が生まれやすくなります。しかし構造に基づく判断では、価格の予想そのものが中心ではなくなります。代わりに、その資産がどのようなルールの上に成り立ち、将来もそのルールが維持されるかどうかが重要になります。
ビットコインの特徴は、価格を予想しなくても成立する設計を持っている点にあります。供給ルールや発行ペースがあらかじめ定められている以上、個人が取るべき行動は、価格を当てにいくことではなく、その構造を理解した上で付き合い方を考えることに移行します。
この視点に立つと、価格は原因ではなく結果として位置づけられます。構造が時間を通過した結果として、価格が形成されるのであり、短期的な期待や感情はその過程でノイズとして現れます。
期待に基づく資産選択は、不確実性と不安を常に伴います。一方で、構造に基づく資産選択は、理解が深まるほど判断の軸が安定し、不安は相対的に小さくなります。この違いが、長期にわたって資産と向き合えるかどうかを分ける要因となります。
次の最終章では、こうした構造理解が、なぜある瞬間に人の思考を切り替え、評価軸を「法定通貨建て」から「ビットコイン建て」へと移行させるのかについて考察していきます。
第七章:なぜ人は理解した瞬間に「BTC建て思考」へ移行するのか
ビットコインについて一定の情報を得た人の中には、ある時点を境に「円建て価格を以前ほど気にしなくなった」と語る人がいます。この変化は、長い時間をかけて徐々に起きるように見えて、実際にはきわめて短い瞬間に生じることが多いのが特徴です。
この転換は、知識量が増えた結果ではありません。重要なのは、理解の深さではなく、理解が向けられる位置が変わることです。多くの人は、ビットコインを次のような順序で理解していきます。価格が大きく変動すること、ボラティリティが高いこと、投機的だと見なされていること、技術的な背景があること、そして希少性が語られていること。これらはいずれも、外側から観察された特徴です。
評価軸が切り替わるのは、次の問いに直面したときです。「この仕組みは、誰の判断で、どの部分が、どのように変更され得るのか」。この問いに対して、「原則として、特定の主体が恣意的に変更できる前提にはなっていない」と理解した瞬間、これまで価格に向いていた関心が、構造へと移行します。
このとき人は、ビットコインを円という枠組みの中で評価すること自体が、一種の翻訳行為であることに気づきます。円建て価格とは、ビットコインの価値を法定通貨の単位に置き換えた結果に過ぎず、その翻訳結果が原文そのものではないのと同様に、価格表示もビットコインそのものを直接示しているわけではありません。
「BTC建て思考」とは、価格を無視することではなく、評価の基準をどこに置くかを見直すことです。円建てで考えている間は、「いくらになったか」「どれだけ増減したか」が中心的な問いになります。しかし、BTC建てで捉えるようになると、「どれだけの数量を保有しているか」「その数量が同じルールの下で将来も維持されるのか」といった問いが前面に出てきます。
この変化が起きると、行動にも明確な違いが現れます。短期的な価格下落に過度に反応しなくなり、上昇局面でも必要以上に高揚しなくなります。関心は、価格変動そのものよりも、数量を減らさないことや、仕組みを理解した上でどのように保有するかへと移っていきます。
重要なのは、この転換が信念や思想の問題ではないという点です。ビットコインを「信じる」かどうかではなく、「どの単位で価値を測るか」という認知の問題に近いものです。一度、より安定した基準を知ってしまうと、変動の大きい基準だけに依存した判断に戻ることは難しくなります。
この段階に至った人は、もはや「買い時」や「売り時」を中心に考えることが少なくなります。代わりに、その仕組みをどのように理解し、どのように付き合い、どのように守っていくかが主要な関心事となります。
こうして評価軸が切り替わったとき、ビットコインは「円を増やすための対象」から、「円で測る必要のない別の単位」へと位置づけを変えます。この視点の変化こそが、冒頭の問いに多くの人が直感的に同じ答えを選んだ理由を、最もよく説明していると言えるでしょう。
まとめ:評価の基準を変えたとき、資産の見え方は根本から変わる
本記事は、次の問いから出発しました。
「1年後に必ずどちらか一方がもらえるとしたら、100万円分のビットコインか、0.1BTCか。」
この問いは、価格予想や投資テクニックを問うものではありません。問われているのは、私たちが価値をどの単位で測っているのかという、より根源的な問題です。
多くの人が0.1BTCを選ぶ理由は、必ずしも将来の値上がりを期待しているからではありません。そこには、法定通貨という単位が持つ変動性や不確実性を、直感的に感じ取っている側面があります。円は日常生活において非常に便利であり、使うための通貨として優れていますが、長期にわたって価値を測る基準としては、時間とともに条件が変わるという特性を持っています。
一方で、ビットコインは供給ルールがあらかじめ定められ、数量そのものが時間によって変質しないという特徴を備えています。記事内で見てきたように、人はこの違いを理論的に説明できなくとも、選択の場面では自然と見分けています。
円建て価格に注目している間、私たちはしばしばビットコインの価値を見ているつもりで、実際には法定通貨の変動を観測しています。評価の基準をBTC建てへと移した瞬間、関心は価格の上下から、その背後にある構造やルールへと移行します。
ここで重要なのは、法定通貨を否定することではありません。円は、経済活動を支える通貨として不可欠な存在です。問題となるのは、使うための通貨と、価値を測るための基準を混同してしまうことです。
ビットコインを理解するとは、信じることでも、短期的な価格変動に賭けることでもありません。それは、どの単位が時間の経過に対してより一貫した基準として機能するのかを見極めることに近い行為です。
冒頭の問いに対して0.1BTCを選んだのであれば、その時点で評価の軸はすでに円から離れ始めています。それは、ビットコインを投資商品としてではなく、異なる性質を持つ通貨単位として捉え始めている兆候だと言えるでしょう。
円建てでの増減を意識するあまり、本質的な価値評価を見失うことは少なくありません。逆説的ではありますが、法定通貨建ての成果を求める人ほど、法定通貨だけを基準に考えない視点が求められます。
価格は結果として現れます。その背後には、供給ルールや設計思想といった構造があります。原因に目を向けることで、結果の見え方もまた変わってきます。
本記事が、ビットコインを評価する際の基準を見直し、価値を「価格」ではなく「構造」から捉える一助となれば幸いです。それは、資産形成だけでなく、通貨や経済の仕組みを理解する上でも、重要な出発点となるはずです。
暗号通貨技能検定とは
こんな想いの方々が受講されています
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投稿者プロフィール
- 山下健一代表理事
-
暗号通貨の思想とブロックチェーンの概念は、金融システムをより安全に低コストで運用できるだけでなく、銀行口座を持たない20億人の生活環境を底上げします。また、寄附や募金へ広く活用されることは、SDGsの達成にも貢献する事でしょう。一人でも多くの方と共に、正しい暗号通貨システムの可能性を学び、実生活や仕事にも取り入れて頂けるよう、当協会はこれからも「暗号通貨技能検定講座」の開催を重ねて参ります。
【資格・受賞歴】
・日本メンタルヘルス協会公認カウンセラー
・東久邇宮記念賞受賞
・東久邇宮文化褒賞受賞
・特許:特開2016-081134号
・特願:2018-028585
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